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2015-02-07 16:06    2015冬新作 プラダ スーパーコピーメンズ 二つ折り財布 レザー 2m0738
 それを助けてくれたのは、クレスポであった。クレスポは、 「アルゼンチン野郎め! あんたは歩けるさ。歩かないなら、おれの銃の台尻でひっぱたくぜ」  といいつつも、チェとその荷物を背負い、滝のような雨にうたれながら運んだ。それにも限界がきたとき、自分が足手まといになるのを感じたチェは、みずから残ることを申し出た。  反乱軍に同情的な農民が、サンチャゴ・デ・クーバで新しい参加者を組織中のフランク・パイスから派遣された連絡員と会うために、町まで行ってくれることになった。カストロは、ついでに薬を買ってくるように頼み、護身用のピストルとひとりの兵士をチェに付添わせて、前進して行った。この付添いの兵士というのは、銃声を聞くたびに身慄《みぶる》いする新兵だった。この新兵はのちに少女を暴行した罪で銃殺されてしまう。かれらも最初のうちは玉石混淆《こんこう》だった。  幸い、連絡役の農民はアドレナリンを手に入れてくれた。しかし、チェの病状はさして良くならず、健康な兵士なら一日で行けるところを十日かかって進んだ。木から木へ、銃を杖にしてやっと歩くというありさまだった。 ★  喘息は別な試練をもあたえた。  ゲリラの生活において、ハンモックは欠かすことのできない品だった。地面に寝たのでは虫に襲われるし、健康にもよくなかった。隊員たちは、南京袋を改造して手製のハンモックを作ったが、チェは、南京袋のけば《ヽヽ》が喘息の発作の因《もと》になるために、ハンモックを持たなかった。いつも地面の上に寝た。  都市に反乱軍の支援組織ができ、そこから新しい木綿のハンモックが届いたとき、チェはそれを手に入れる権利がなかった。というのは、手製のハンモックを作ったものだけがまず新しいハンモックと交換できる規則だったからだ。  チェを救ったのはカストロだった。カストロは規則を曲げて、チェに新しいハンモックをあたえた。  他のものがこの特例措置に対して異議をとなえたかどうかは、筆者にはわからない。ただはっきりしているのは、このころすでにチェの勇敢さと献身ぶりとはひろく認められていたことである。  カストロはチェの追悼演説でこういっている。  ——あの時代、かれは卓越した戦士であったばかりではなく、すぐれた軍医でもあり、負傷した同志のみならず敵の負傷兵を看護したのだ。武器を捕獲したのち、その陣地(筆者註・後述するウベロの戦闘のことと思われる)を放棄して、敵兵の追撃をうけながら長い行進をしなければならなくなったさい、そして誰かが傷ついた同志のために残らねばならなかったとき、チェはかれらと共に残ったのだ。他の少数の兵士に助けられ、チェは負傷兵たちの面倒をみて、その命を救ったのちに原隊に復帰した。あのときから、かれは、困難な任務が宙にういているさい、命令を待たずに買って出るというタイプの、有能かつ勇敢な指揮官として際立ったのである。  これがかれの基本的な性格のひとつであった。もっとも危険な任務に対して、喜んで即座に志願するのである。当然のことながら、これは敬愛の念をおこさせた。それはわれわれと共に戦っていた同志に対するなみの敬愛を倍も上回るものといえた。かれはこの国に生まれたのではなかったのだ。かれは深遠な思想の人であり、大陸の他の場所での闘争にも夢をかきたてられる人であり、さらには、あまりにも愛他的であり、あまりにも無私であり、つねに至難のことをやりとげるために喜んで命をかける人であった。 ★  大雑把《おおざつぱ》ないい方になるかもしれないが、ラテン・アメリカ民族の気質は、自己中心主義である。わたしは五カ国をまわったにすぎないが、そのように感じられてならなかった。人間は誰しも自分が可愛いのはあたりまえだが、かれらはその点では明快にわりきっている。自分の利益につながらないことには、進んで手を出そうとはしない。それは、キューバにあっても、一部の指導者を除いて例外ではない。それだけに、チェのような献身的で無私の性格は、ラテン・アメリカの風土の中では際立つのである。  このような性格を培ったものは何か。わたしはたえず考えながら旅し、人にもたずねてみたのだが、満足な答えを得ることはできなかった。チェといっしょに両親に育てられた次弟のロベルトに会っても、かれからはそのような感じをうけなかった。むしろチェとは違う、通常のラテン・アメリカ的な気質の持主のように思われた。人の話を聞く限り、五人兄弟(男三女二)のうち、そのような性格はチェひとりらしいのである。本書のはじめの部分に紹介したように、ゲバラ家では、セルナ夫人の方針で、子供たちは男女を問わず、大学を出ることが子供としての義務のようになっていた。チェが大学生時代にグラナドスとの放浪を打ち切ってアルゼンチンに戻り、大学を終えたのも、この母親との約束を果たすためだったが、こうした律義さは、末弟のファン=マルティンにはない。ロベルトの話では、ファン=マルティンはトラックの運転手をしているという。その日の暮しが立てば面倒くさいことはご免だ、というのはラテン・アメリカ的な人生観のひとつで、ファン=マルティンはそのタイプとみていいだろう。それを想えば、チェのような性格は、持って生まれたもの、としか考えようがないのであり、ラテン・アメリカにあっては、例外に属するといってもいいのである。